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徳島地方裁判所 昭和35年(ワ)15号 判決 1961年12月22日

原告 国

訴訟代理人 大坪憲三 外二名

被告 平岡武

主文

被告は原告に対し金二十九万九干百七十円及びこれに対する昭和三十二年十二月二十六日から支払ずみに至るまで年五分の割合による金員の支払をせよ。

訴訟費用は被告の負担とする。

この判決は原告において金十万円の担保を供するときは仮に執行することができる。

事実

原告指定代理人は主文第一、二項と同旨の判決並びに仮執行の宣言を求め、その請求の原因として、

一、被告は普通貨物自動車(登録番号大一す三六六〇号)を賃借保有して砂利採取業を営んでいたものであるが、昭和三十二年四月九日午前十二時頃右貨物自動車にバラスを満載運転して徳島市沖洲町高洲方面から県道沖洲、徳島線を西進し、同町北屋敷六十番地先道路上にさしかかつたとき同道路上を自転車で西進中の訴外太田一信を発見しこれを追越そうとしたが、同所は道幅が狭く、かつ路面も悪いので、このような所で自転車を追抜く場合には接触事故が発生する危険が大きいのであるから、自動車運転者としては充分速度を落し安全を確かめた上徐々に追越すか、又は追越しに適当な場所まで徐行しそこで追越すべき業務上の注意義務があるに拘らず、たゞ漫然と進行した過失により訴外太田一信に自動車車体を接触転倒させて約二米引きずり、よつて同人を脳内出血により同日午後二時二分死亡するに至らしめた。

二、仮に訴外太田一信において自転車の運転を誤り転倒して自動車々体に接触したものであるとしても、その死亡が被告の運転する自動車の運行によつて生じ、且つ、その運行につき過失があつたことは前記のとおりであるから、自動車損害賠償保障法第三条により被告は右事故によつて生じた損害を賠償すべき義務がある。

三、ところで、訴外太田一信は明治二十七年十月に生れ、事故当時六十二歳の普通健康な男子で教員恩給、よい子の国の販売手数料、家庭教師などにより年間約三十万円以上の所得をあげていたもので、厚生省昭和三十四年簡易生命表によるとその平均余命は十一年余であるから、活働年令を七十歳迄とみても右事故がなかつたならばなお八年間は右と同様の仕事をなし同程度の収入を得ていた筈であるし、又そのうち恩給は死亡まで給付を受けられたのであるから、同訴外人は本件事故により右得べかりし利益を喪失しこれと同額の損害を蒙つたものと云うべきところ、これが損害はホフマン式計算法により中間利息を差引いて現在価格を計算しても金百万円を下らないこと明らかである。そして右訴外人の養子訴外太田正敏、長女訴外太田房子、二女訴外富吉美津子、三女訴外妻木和子等は右太田一信の損害賠償請求権を均分相続するとともに各自自己の父の死亡により相当額の慰藉料請求権を有するに至つたのである。

四、右のとおり訴外太田正敏外三名は自動車損害賠償保障法第三条により被告に対し多額の損害賠償請求権を有していたが、被告は同法所定の責任保険の被保険者でなかつたので、原告は同法第七十二条第一項後段の規定により右三名の代理人でもある訴外太田正敏からの請求に基き同訴外人等に対し昭和三十二年十二月二十五日右損害賠償額の範囲内である金二十九万九千百七十円を右事故による損害の填補として支給し、同法第七十六条第一項の規定により支払期日である昭和三十二年十二月二十五日訴外太田正敏等から前記損害賠償請求債権中金二十九万九千百七十円の債権を取得した。

五、なお、被告において少くとも右支給金額の範囲で損害賠償の責任があつたことは昭和三十二年十二月頃被告が訴外太田一信の養子訴外太田正敏に対し同訴外人等が三十万円を限度として自動車損害賠償保障法による給付請求をし、その支給を受けることを承認していることからも明らかである。

六、よつて原告は被告に対し金二十九万九千百七十円及びこれに対する右権利取得の日の翌日である昭和三十二年十二月二十六日から支払ずみに至るまで年五分の割合による遅延損害金の支払を求めるため本訴に及んだ次第である。

と述べ、証拠として、甲第一ないし第八号証、甲第九号証の一ないし三(右三は本件事故現場写真)、甲第十ないし第二十一号証、甲第二十二ないし第二十四号証の各一、二、甲第二十五号証を提出し、証人太田正敏、同北田寛昇、同西条憲二の各証言を援用した。

被告訴訟代理人は、「原告の請求を棄却する。訴訟費用は原告の負担とする。」との判決を求め、答弁として、

一、原告主張の請求原因事実中、被告が原告主張の如き貨物自動車を保有しこれを便用して砂利採取業を営んでいたものであること、被告が原告主張の日時頃右貨物自動車にバラスを積んで運転し、その主張の場所を西進中、同所を自転車に乗つて西進中の訴外太田一信を追越そうとした際、同訴外人が転倒死亡したこと、及び被告が自動車損害賠償保障法所定の責任保険の被保険者でなかつたことは認めるが、本件事故が被告の過失又は被告自動車の運行に基いて発生したこと及び被告が右事故による責任を認め前記法律に基く太田正敏等の給付請求を承認したことは否認する。

二、本件事故は被告自動車の運行に起因するものではなくて訴外太田一信が乗つていた自転車が道路に敷いてあつたバラスにすべつて転倒し頭を打つたために発生したものであり、仮に被告自動車の運行によつて生じたものであるとしても、本件事故は被害者である訴外太田一信の過失によつて発生したもので、被告には運行上の過失及び自動車の構造上の欠陥又は機能上の障害もなかつたのであるから、被告に損害賠償責任はない。すなわち、本件追越場所の道路の幅員は五米八十糎でこれより更に西に進んだ所もこれと同様の幅員であるから、本件追越箇所が不適当とは云えないし、又被告は追越に際し、警笛を鳴らし訴外太田一信が道路左側に避けるのを待つて時速十粁位に減速徐行して追越したのであるから追越方法に過失があつたとは云えないところ、訴外太田一信は後方から進行してくる被告自動車を避けるため道路左側に寄つたが同所にはバラスが敷いてあつたので、自己の年令や操縦技術から考えて危険防止のために一旦停止すべきであるのにこれをなさず、バラスにハンドルをとられながら無理に進行したため前輪が横すべりして転倒し本件事故に立至つたものであつて、本件事故について被告に責任がないことは当時被告が(註)刑事上行政上の何等の処分をうけなかつたことからも明らかである。

三、なお、仮に被告が原告主張の如き給付請求を承認する旨の意思表示をしたことがあつたとしてもそれは本件事故責任を認めるというような意味のものではなく、然らずとしても、訴外吉崎某の脅迫によるものであるから本訴において取消の意思表示をする。

以上のとおり原告の請求は失当であるから本訴請求には応じられない。

と述べ、証人西角義夫、同柴田喜義の各証言、被告本人尋問の結果並びに検証の結果を援用し、甲第二ないし第四号証、甲第十五号証の各成立は不知、甲第一号証は被告名下の印影の成立は認めるがその余の成立は不知、甲第五号証は被告の氏名、被告名下の印影の成立は認めるが、その余の成立は不知、甲第九号証の三が本件事故現場の写真であること及びその余の甲号各証の成立は認めると述べた。

理由

一、被告が原告主張の如き貨物自動車を保有し、これを使用して砂利採取業を営んでいたものであること、被告が原告主張の日時頃、右貨物自動車にバラスを積んで運転しその主張の場所を西進中、同所を自転車に乗つて西進中の訴外太田一信を追越そうとした際、同訴外人が転倒し、その後死亡したことは当事者間に争いがなく、成立に争いのない甲第十九及び第二十号証、証人太田正敏の証言及び同証言により真正に成立したと認める甲第二号証によれば、右訴外人が右転倒によつて生じた頭部打撲傷による脳内出血により同日午後二時二分徳島市民病院において死亡したものであることを認めることができる。

二、よつて先ず本件事故の発生原因について考察する。

成立に争いのない甲第九号証の一、二、甲第十号証、甲第十二ないし第十四号証、甲第十六及び第十七号証、甲第二十五号証、証人西角義美、同北田寛昇、同西条憲二、同太田正敏の各証言、検証の結果並びに本件事故現場の写真であることに争いのない甲第九号証の三(たゞし以上証拠中後記措信しない部分を除く)を総合すれば、

(1)  被告は事故当日前記自動車を運転し時速約二十粁の速度で徳島市沖洲町高洲方面から県道沖洲・徳島線を西進し、同町北屋敷八幡神社前にさしかゝつたとき、前方約十米の所に道路ほゞ中央やゝ左側をゆつくりと自転車で西進している訴外太田一信(明治二十七年十月二十一日生)を発見したので警笛を鳴らし速度を時速約十粁に落として接近し同訴外人が左に避けるのを見て、同所から約十五米西に進んだ同町六十番地先消防器具格納庫前路上において同人を追越そうとしたこと

(2)  右追越現場は人家及び格納庫、沖洲巡査駐在所などが建ち並び、格納庫、沖洲巡査駐在所がやゝ道路から引込んで建つているため心もち広くなつているものゝ、幅員約五米余砂利敷非舗装の直線道路で見通しは良いが交通量は多く、その上路面に敷かれた砂利が通行する自動車などのため道路両側に押し広げられ自転車運転にはかなり困難を伴う状況であつたこと、

(3)  訴外太田一信は後から進行してくる被告自動車に気付いて進路を左にきり道路左端から約一米位のところを進行しようとしたのであるが、同所は前記のとおり砂利が寄せられていたため安定を失い右側を進行中の被告自動車に倒れかかつたこと

(4)  被告は右訴外人が道路左側に避けたとき、自分の運転する自動車進路との間隔が一米近くあつたので、そのまゝ進行すれば十分追越せるものと考え、追越を始める直前に右訴外人が砂利にハンドルをとられてふらふらしているのを知りながらたゞ漫然とそのまゝ進行していたところ、前記の如く自動車の方に倒れてきた右訴外人に自動車後部を接触させ、これに気付いた同乗の西角義美の注意により急いで停車したが及ばず、同人を一米余り引きずり前記傷害を与え遂には死亡させるに至つたこと

が認められる。右認定に反する被告本人尋問の結果並び冒頭掲記の証拠中の甲第十二及び第十六号証、証人西角義美の証言のうち右認定に反する部分は信用し難く、その他右認定を左右しうる証拠はない。

事実は右のようだとすると、自動車の運転者としては本件の如く路面が悪い場所においては自転車が安定を失い転倒する等思いがけない事態の発生する虞があることは当然予想すべきであり、現に被告は訴外太田一信がハンドルをとられてふらふらしているのを認識していたのであるから、同訴外人が安全な状態に復する迄しばらく追越しを待つか、或は絶えずその動向に留意して機宜の措置を採れるよう危険防止に万全を期すべき注意義務があるに拘らず、たゞ一米程度の間隔があるから安全であると軽信し漫然進行した過失が被告にありそのため本件事故を発生せしめたものと云わざるを得ない。しかしながら本件事故は訴外太田一信にも一半の責任がある。すなわち、同訴外人としてもかなり高齢である上交通量が多く、道幅もさして広くない路面の悪い場所において後から来る自動車を避譲するのであるから一時停車又は下車するなど安全な方法をとるべきであるに拘らず不注意にもこれを怠り自転車に乗つたまゝ砂利の上を進行しようとして操縦を誤つた過失のあつたことを認めねばならない。

そうすると、本件事故は結局被告と訴外太田一信の過失との競合によつて惹起されたものと云わざるを得ない。とすれば、被告は右自動車の保有者として自動車損害賠償保障法第三条によりその運行により生じた本件事故による損害を賠償すべき義務のあることは明らかであるが、その損害賠償の額を定めるに当つては被害者である訴外太田一信の右過失は当然斟酌されて然るべきものである。

三、そこで損害賠償の額について審究する。

(1)  訴外太田一信の蒙つた損害

証人太田正敏の証言に前認定事実を総合すれば、訴外太田一信は元教員で事故当時六十二歳五ヵ月余の普通健康な男子であり、恩給、よい子の国の販売手数料及び家庭教師の報酬を合せて年間二十五万円程度の収入を得ていたことが認められ、その生活費を差引いてもなお年間十万円の収益はあつたものと思料されるところ、本件事故がなかつたならばなお十一年余の平均余命を有し今後なお六年間は従前同様に働き右と同額の収益を得られたと推認されるから、その間の純収入は総額金六十万円となる。従つて右訴外人は本件事故により少くとも右金員と同額の損害を蒙つたものと云うべきところ、右金員は今後六年間において漸次得べかりしものであるから今一時にその損害の賠償を求めるものとして「ホフマン」式計算法により年五分の民法所定の法定利率による中間利息を差引いて現在価格を計算すると金五十一万三千三百六十円(円以下四捨五入)となるが、前記訴外人の過失を斟酌すると被告の賠償すべき額は金二十八万円をもつて相当とする。

そして前示甲第二十五号証、証人太田正敏の証言並びに弁論の全趣旨を総合すれば、右損害賠償請求権は右訴外人の死亡により同人の養子太田正敏、長女太田房子、二女富吉美津子、三女妻木和子の四名が各自四分の一宛相続したことが認められるから右太田正敏等四名は各自金七万円の損害賠償請求権を有していたことが認められる。

(2)  訴外太田正敏、同太田房子、同富吉美津子、同妻木和子等の蒙つた損害

前記認定のとおり訴外太田正敏、同太田房子、同富吉美津子、同妻木和子は本件事故により突然父を失い甚大な精神的苦痛を蒙つたことは明らかであるが、その苦痛に対する慰藉料の額は前記認定の本件事故発生の原因、殊に被告並びに訴外太田一信の各過失の程度、その他本件に顕われた諸般の事情を総合すれば各金三万円をもつて相当とする。

そうすると訴外太田正敏、同太田房子、同富吉美津子、同妻木和子等は右(1) (2) の損害について被告に対し各自金十万円宛合計金四十万円の損害賠償請求権を有していたものと云うべきである。

四、そして被告が自動車を保有し、自己の運行の用に供しながら自動車損害賠償保障法の被保険者でなかつたことは当事者間に争いがなく、ために原告は前記損害のてん補として昭和三十二年十二月二十五日右訴外人等の請求により同人等に対し前記損害額の範囲内である金二十九万九千百七十円を支給し、その結果被告に対しその支払金額の限度において右損害賠償請求権を取得したことは成立に争いのない甲第二十一号証、甲第二十二ないし第二十四号証の各一、二、証人太田正敏の証言及び同証言により真正に成立したと認める甲第四号証並びに弁論の全趣旨により認めることができる。

事実は以上のとおりゆえ、爾余の判断をするまでもなく、被告は原告に対し右代位取得による損害賠償金二十九万九千百七十円及びこれに対する前記てん補支払の日の翌日である昭和三十二年十二月二十六日から支払ずみに至るまで民法所定の年五分の割合による金員を支払わねばならぬ義務のあることは明らかである。よつて原告の本訴請求はすべて理由があるからこれを認容し、訴訟費用の負担について民事訴訟法第八十九条を、仮執行の宣言について同法第百九十六条を各適用の上主文のとおり判決する。

(裁判官 依田六郎、黒川正昭、三宅純一)

(註) 本件自動車事故につき、所轄区検察庁では、

1 追越場所は、非舗装、砂利敷、幅員五・八米で道路の左右に処々砂利が押し広げられているが特に追越に困難な場所とは考えられないのであつて被疑者が不適当な場所で追越したとは認められず

2 追越前警音器吹鳴及び徐行措置をとつて被害者の避譲を待ち間隔を約一米存して進行したのであり

3 被害者の操縦が不安定で特別の注意を必要とした事実は認め得られないので被疑者に過失ありとは断じ得ないとし、結局は不起訴処分(犯罪の嫌疑なし)としている。そして右不起訴裁定書は、国側から甲号証として提出されているが、それにもかかわらず、この判決は過失を肯定したものである。

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